「重力と引力を考察する。」

 いやはや、皆さまご無沙汰してしまい恐縮です。つい自堕落な夏休みを過ごしておりまして、って、そうでもないんです! それでも結構忙しくしておりまして、まあ、こんな風変わりなSF続けるにはそれなりの実験というか、体感を吟味検証せねばならず、所謂チャクラが何たるか、そしてエネルギーって何、なんていう愚にもつかない世迷言をえらいしばらく考えとったわけであります。考えているうちに富士樹海遭難ツアーのイベントもあり、小学一年生のいちこが持ってきた夏休みの宿題なんていう、私にとっては大問題がありまして。何で大問題かといえば、私、子供のころから「我が子の夏休みの宿題を手伝いたい」という願望があり、しかし親がやっちゃあ何も意味ないわけで、非常に複雑なのです。画していちこの愛鳥週間ポスターが出来上がったのであります。
からす
写真_カラス

メーキング
写真_制作風景
 画材は何でも良いとのことで、水彩ではなく、パステルを教えたのです。口を出したいのだけどグッと我慢をし、手伝いたいのだけど知らぬ振りをし、様子を見て居るだけでヘトヘトになりながら、最低限の構成法とパステルのグラデーションと強弱法を教え、耐え抜いたパパなのです。ただこれからこの絵に「愛鳥週間」って文字を入れなきゃでして、残念無念。で、学校では児童に描かせた絵を文部科学省だか何処だかの役所のコンペに出すらしく、応募用紙を持たせているのです。なんで子供に競争強いるかな~!まったくもってなっちゃないです。一生懸命描いた。ただそれだけでいいではないですか。ただそれだけだから良いと思うのであります。ついつい愚痴になっちゃいまして失敬。本題に行きましょう。

 と。ここまで書いてから数日が過ぎました。またも自堕落になってたか?いえいえ、この絵の件で色々考えまして、またそれを考察しやっと結論が出せたのです。この絵についてのファシレー山田考察です。

ファシレー山田のいちこ絵画考察」
ファシレ:いっちゃんの絵・・「繋がりながらなぞる様に」描いてるかな。

山田:普通だよ。
でも描いてる途中でホリーが云々、ビーちゃんが云々は言ってたよ。

ファシレ:この間、一緒に下手な絵を描いたからさ・・。素のときとは違うなと。

山田:スイッチ入るには入ると思うけど、会話上はさして変わらないかなぁ。ただ、これ描いた前に絵日記描いててそれは下手だった。集中力だと思う。

ファシレ:その絵、公にすることで反響有るよね。考えようによるけど問題無い?

山田:え~、公もなんも宿題だからねー。
どんな子でもっていうわけじゃないけど、ちゃんと表現力のある道具をちゃんと使い方教えればほとんど上手くなると思うよ。

山田:なんも考え無しなのじゃが、ファシレさん言うところの問題はどんなことか予想できる?

ファシレ:上手過ぎると・・思い掛けないことがおきる。

 考えられるのは・・

1.親が書いたんじゃないか?と疑われる。–>じゃぁ、描いてみろといわれる。–>落ち着かない状況で描けない–>ほらみろと。

2.上手いので、絵の才能が有ると認められる。–>ここからは色んな展開があり過ぎて書き切れない。いっちゃんにプラスにもマイナスにもなる・・・。

3.絵も上手いが、この子は天才じゃないかと思われて、色々引っ張り出される。–>これも上記同様。

4.絵の上手いのは特別な何かの才能によると・・まぁ、つまり本性を見抜かれる。–>本人次第なのだろうが・・、大事に巻き込まれる可能性もある。

いずれにしても本人次第だが、まだ幼いからな~・・

5.上記のいずれかに当たって、いっちゃんの新たな能力が花開くことも有る。

反対に、潰しに掛かられることもある。

山田:そーかー。
確かに問題あるなあ、、、
↑をたたきに小麦とそーだん。ちょっとまてね。

山田:そうだ、さっき描いてる時いちこが言ってた。昔パパと一緒に(たぶんアルザルの記憶)絵を描いてたこと覚えている。と。
おれも何気に記憶ある。だからおれと並んで画材を前にするとタッチが変わるのでないかなあ?

ファシレ:全然違うから・・なぁ・・(^^

山田:三年ちょっと前に同じ条件でいちこが描いた絵。(※パパと共作)
ライオン
写真_ライオン

ぞうとキリン
写真_ぞうときりん
ファシレ:3歳児の描く絵じゃないな~

山田:もちろんパパと一緒だよ。
でも例えば、ライオンのたてがみどうしようか?とか相談しながら、、、、、、、、、、、、、

あっ、分かった!
バパの思考を読んで描いてるんだー!

ファシレ:そなのー

山田:そう。絶対そう!

いちこは何か題材を与える前からそれを知ってる。
いつもそう。

ファシレ:ビーちゃんと話してる風でも無いんだ・・。

ファシレも、あの絵、どこかで見たような気がしてたのよ。
マジカルのCDの絵にちょっと似てはいるけど、デッサンが違うし・・でもおなじソースなのかと。

山田:もちろんビーちゃんとは常に繋がっているけど、いちこはおれからダウンロードしてるんだヨ!
生活のなかで思い返せば、パパの意識を察することが多々ある。

ファシレ:腑に落ちた。

山田:小麦のコピペ能力を受け継いだというか。
そして思い返せば、この二作を描くときの手なりが絵日記のそれとは違う。

 このような結論と相成りました。そして、大人たちの杞憂をよそに当の本人は、「パパ、じゃあもう一枚描いてみようよ!」と涼しい顔です。結局どちらもポスターとしてはお蔵入りです。なので現在出る杭は打たれない程度の三枚目を制作中です。
 では解説です。上記のダウンロードですが、意味はweb上でのそれとほぼ等しく、情報のメディアがサーバー(ハードディスク)から脳磁界に替わります。デジタル情報ではなく、究極のアナログでありながら情報の区切りには陰陽がある、デジタル搬送波にアナログ信号を乗せた様な情報です。そして求めたい情報磁界(ソース)に対し、身体の縦軸(重心)と自身の脳磁界の横軸(自分軸)を定在させ、求めたい情報に対し三角法のような測位を継続させることで情報をコピーするのです。この時重心は低い程良く、仙骨や尾骨を意識します。巷で云うグランディングとは本来このことを指します。前頭葉だけでのグランディングでは迷走状態と変わりありません。それはグランディングごっこなのです。またライオンのたてがみの件ですが、いちこが三歳半のころ私と一緒に描いたもので、たてがみや足や尻尾をどういう形にしようかと相談していた時のことです。絵を描く時、誰でもどんな形かを想像しますよね。当たり前ですが、私もそうしていました。今でも良く憶えて居るのですが、いちこは私が想像した通りの輪郭を描いたのです。ただ鼻と顔の色と前足はパパが手伝いました。また、きりんは角。ぞうは輪郭の半分と顔と耳の色ぬりを手伝いました。
 さてさて、枕がとんだ長くなってしまいました。仕切り直しの本題です。

「重力と引力を考察する。」
 過去記事で再三書いて居る通りこの世界は、8種の基礎波動が造る六角形の平面エーテル上に、振動である意識が陰陽の素粒子を形成します。その素粒子のペアがエーテルの中心の周りに四組集まり、半時計回りの回転を始めます。そして回転軸が電磁軸となり、磁極(陰陽)を呈します。これが物質の始まりです。物質化した意識は電磁軸=時間軸を使い周囲に時空間=立体エーテルを拡げてゆきます。それぞれの物質がそれぞれの場所で四方八方に時空間を拡げてゆきます。時空間は謂わばその物質の縄張りです。周りに他の物質が何も無くたった一つであれば、ただただ時空間は無限に拡がるばかりです。しかし周囲にある他の物質に対し最短距離、即ち物質と物質間の直線上にはお互い時空間を拡げられなくなります。するとその直線上以外は時空間を拡げ続けているため、物質は時空間を拡げられない他の物質方向に移動を始めます。自らが拡げる立体エーテルに押し出されるように時空間の拡がりの少ない他の物質方向に移動するのです。故に物質、即ち天体は引き合って居るのではなく、天体が相対する方向に仕方なく移動し合っているのです。そしてこの移動力の事を現代科学では引力と呼んでいます。ですからそれは万有引力の法則ではなく、万有移動力の法則と言えるのです。
 因みにこの立体エーテル(時空間)密度の差がエネルギーの差であり、それは立体エーテル上に内在する電位差(電圧)であるのです。

 画して物質は引き合って居るかの如く集積を始めます。集まった物質たちはそれぞれの物質の都合の平均値である場所に軸を造ります。それが例えば地軸であり、自転軸なのです。そして遂に自ら拡げた時空間に対し意識の放射が始まります。これが重力です。ですから重力と引力(移動力)を一つで語ることは出来ないのです。重力が意識である以上前出のダウンロードの論理同様デジタル的区切り(陰陽)のある究極のアナログ信号であるわけです。ここからはSF色の強い話になりますが、少々お付き合いください。
 天体は自転を始めると意識の放射が始まる。要するにそれは生命であるのです。重力は生命が創り出す念とも捉えることができるのです。意識を周波数アナライズすれば、ゼロから無限です。しかし我々が受ける太陽の意識は肉体を持つ生命が活きてゆける範囲です。何故でしょう。それは地球という生命が太陽方向に拡げる時空間の臨界点、ドーナツ状に地球を取り巻くバンアレン帯という電磁場が結界として働き、太陽意識をフィルタリングしているからなのです。現代宇宙科学ではバンアレン帯は地球の外周2万Kmとなっておりますが、地球が造る太陽方向の時空間(立体エーテル)は太陽と地球の質量差から約500万Kmです(但し現行物理学にならった中性子の存在を認めた場合の質量です)。その位置から地表までの地球が造る時空間が太陽意識を和らげ肉体を持つ生命を守っているのです。そしてこの仮説はそのまま人体、脳磁界に当てはまります。

 人体、特に脳も物質である以上時空間を拡げています。それは普通に我々が持つ時間と立体の感覚です。しかし上記のように質量からそれを割り出すのは乱暴過ぎます。何故なら物質である人体には意識体が宿り、脳という腺を使い最大効率で時空間を拡げているからです。そしてその最大効率も理論脳の使用次元の変化で、1dから8dの情報量の差は少なくとも10の12乗の開きがあるのです。ではそれが具体的にどういうことなのか説明してゆきましょう。

 過去記事「陰陽と脳の関係、または陰陽の数的意味」にで出てくる人体定在波。音程(周波数)の調査から身体の部位に対する最大共鳴値(ファシレ山田理論)が割り出されています。大雑把に言えば、胸腺を中心に下(仙骨側)が低く、上(第三脳室側)が高くなります。例えば大きな思考や過度の運動をしていない安定した状態の時、人体は見かけ上、上と下のエネルギー量が一定します。しかし上は周波数が高いため、内在エネルギー量は高くなります。その結果見かけには表れない電位差が生まれます。この電位差のことを通常エネルギーと呼び、漢方医学などで経脈の流れなどと言われているのです。下図をご覧ください。
内在電位差
図_内在電位差
 まずは普通呼吸時です。分かりやすいよう仮に仙骨側定在波を100Hz、第三脳室側定在波を1000Hzとします。そして見かけ上の電位を1Vとしましょう。すると仙骨側エネルギー量は100、第三脳室側エネルギー量は1000となります。その差は900です。同様に帯電呼吸時は見かけ上の電位が10Vです。すると仙骨側エネルギー量は1000、第三脳室側エネルギー量は10000となり、その差は9000にも増えるのです。この見かけ上のエネルギーはe=1/fと同じ理屈です。視点を変えれば、内在電位に於いてエネルギー保存法則は成り立たないのです。
 突然出てきた帯電呼吸。何ですか? ですよね。そりゃあそうです。たった今作った言葉ですから。。。またも過去記事で恐縮なのですが、現行物理学で電子と観測されるもの。私の理論では立体エーテルの境界面の擦れ合いです。電子と観測されるものは原子由来ではなく、素粒子を乗せる枠組み由来なのです。で、深く沢山息を吸います。当然ですが多くの大気分子を取り入れます。ところが、素粒子はエーテルに乗っています。だから深い呼吸の時エーテルの境界面で沢山の摩擦が起こるのです。腹膜を押し下げ内臓を下腹部へ追いやり腹いっぱいに吸い込みます。そこで諦めずさらに吸い込むと、肺は肩や首の付け根まで膨らむのです。これは素潜り競技の呼吸法。映画グランブルー、フリーダイビングです。すると電位差=エネルギーを取り入れることになります。その電位差を直流テスターで測ってみました。本来内在エネルギー電位差なので計測また取り出すことは難しいのですが、写真のように電極と体勢のバランスが取れれば多少測れるのです。後述しますがこの電位差は脈流でして、計測にも、取り出しにも位相を合わせる技術が必要となるのです。そしてこの電位差が一体何処に貯まるのか? それは前出の脳磁界が造る立体エーテル、即ち個々人が認識し拡げる時空間を帯電させるのです。
山田発電機
写真_山田発電機 ※深い呼吸をタイミングを合わせ繰り返すと、見かけ上の電位差でも上がります。この時は1.7Vで頭打ちでした。

 さて、ここまでは理論と体感を述べてきましたが、これを現代電磁気学的に証明出来るのです。
 先日縁あって、佐山さんというフリーエネルギーを10年以上研究なされている方と面会して参りました。仲を取り持って頂いたのはバカボン一家の人間アンテナ、フォレストさんです(フォレストさんは圏外のスマフォを自身がアンテナになることで5本にできるのです)。
 佐山さんのご研究は多岐に渡るのですが、数ある中の一つ、炭素アルミ内在エネルギー電池(佐山さんすみません、勝手に名付けました。)がここまでの理論を証明出来るのです。それはこういうことです。
 佐山さんは炭素アルミ内在エネルギー電池を直列接続で数十個並べ、キャパシティの大きなコンデンサーを接続し、最後に脈流整流のためダイオードを配した回路を構成しました。全てで17Vあるそうです。それで車載用のバッテリー10個程を充電し、そこからインバーターで交流を作り、電灯線として普通に使っているのです。あっ、前後しますが、炭素アルミ内在エネルギー電池とは、備長炭などの所謂炭にティッシュペーパーを巻き、その上から家庭用のアルミホイルをさらに巻いたものを水道水に浸し、炭とアルミホイルに電極を付けるだけの単純なものです。ボルタの電池とは違うのです。
Wikipediaから
ボルタ電池とは、イタリアの物理学者、ボルタが考えた起電力1.1Vの一次電池であり、 最初のガルバニ電池である。1800年に発明された。
仕組み
(-)Zn | H2SO4 aq | Cu(+)
正極に銅板を、負極には亜鉛板を用いる。電解液には硫酸を用いる。亜鉛は銅よりイオン化傾向が大きいため、電流を流していると正極から水素が発生する。その結果、放電生成物により、逆起電力が発生するため電圧が下がる。[1]これを分極という。分極を防ぐには過酸化水素水や二クロム酸カリウムなどの減極剤を用いる。また、ボルタ電池の半電池反応式は次式のように表される。
負極: Zn → Zn2+ + 2e-
正極: 2H+ + 2e- → H2

 そして私も真似してみました。以下の写真をご覧ください。
テスターオープン
写真_計測前
炭素アルミ内在電池
写真_計測後
 ねっ、凄いでしょ。写真では641mVですが、しつこく測定していたら1Vを超えることもありました。

 それでは纏めです。
 人体に於いても、物質に於いても、内在エネルギーを持つことがお判り頂けたと思います。しかし両者比較で内在エネルギーの存在は証明できても、それをどのように効率良く取り出すのか? また、そのエネルギーがどう人体に影響するのか?ここが重要なのです。
 まず、人体と物質を比べると決定的な違いがあります。脳です。脳は立体磁界発生装置なのです。その磁界の軸が創る時空間に電位差を溜め込んでいます。六角形が8個連なった切頂十四面体(立体エーテル)のゼロポイントである、正方形外側を頂点とした、正八面体の形に電位差を溜めます。ただ、陰陽それぞれのエネルギーとして考えれば、ピラミッド形です。上部が陽(らくにんち)、下部が陰(はくにんち)です。極は頂点ではなく面で5極です。この磁界のことを俗にアストラル体と呼んでいます。体内に於いてはこの5極の情報として自律神経を通じ生体を管理しています。そして思考には言語が欠かせません。言語を構成するにはこの磁極のフォーマットに合わせる必要があります。ですから基礎母音は5種「あおうえい」なのです。そしてこの磁極フォーマットのまま内臓などをコントロールするため身体にも言霊が存在するのです。もし、人体内在電位差を現象エネルギー(電力)として取り出すとすれば、過去記事「正十四面体_波動基礎理論」で出てきた切頂十四面体(当時間違えて正十四面体と言ってます)特殊磁界の正方形部外側にモノポール磁石を置くことで意識から電力が発生すると予測します。言い換えると、立体構成位相72度の整流装置が必要ということです。続いて物質の場合の内在エネルギー電位差の解説です。

 前出の太陽方向と反太陽方向の時空間の拡がりの違い、これをエーテル密度といいます。エーテル密度が違うだけでそれぞれの時空間の時間進行速度は変化します。エーテル密度が高い(太陽方向)では時間がゆっくり進みます。逆にエーテル密度が低い(反太陽方向)では時間は速く進みます。それは物質を構成するための素粒子の回転速度の違いに現れます。人体定在波同様、同じ物質であっても周波数(単位時間あたりの回転数)が違うのです。すると人体同様内在エネルギー電位差が生じます。このことを基本に炭素アルミ内在エネルギー電池を考察してみましょう。
 炭素アルミ内在エネルギー電池の場合、時間進行速度の差をダイレクトに取り出しているのではなく、周波数の違う2物質の差から時空間内在エネルギー電位差を作っているのです。それは炭素とアルミニウムです。各々てんでバラバラな振動数であるためそこには差が生じます。それを脈流という形で計測しているのです。それを確かめるため深夜に同じ実験をした所、約倍の1.1Vを示しました。微妙ですが、夜の方が時間進行速度は速いと言えるのです。そして物質周波数の違いから脈流が発生するなら、何も炭素とアルミニウムでなくともエネルギーは取り出せる筈です。なのでこんなことをしてみました。
鉄アルミ内在電池
写真_ハサミアルミ内在エネルギー電池
 如何でしょうか、見事に証明できたでしょ!
 こういったことを応用した新商品は既に実用段階ではあるのです。小耳に挟んだ話では、厚手の雑誌サイズで家庭用30Aをまかなえるものもあるそうです。しかし今の世の中でそれを発表すれば既得権に触れるだけではなく、社会がそれをただの便利グッズとして捉え、更なる利権を製造するだけです。今大切なことは人類がこころを取り戻す。個々でいえば、脳の使い方をせめて50年前まで引き上げることです。裕福な生活者が増えればふえるほど飢餓を創ってしまうのですから。

 今回も長くなってしまいました。最後に一つだけ。以前2013年8月4日までしか時間がない、と発言しました。そのことに触れておきます。
 発言した当初その意味の自覚は浅かったのですが、このブログを通じ、現象の様々なことと成りを目の当たりにしてきました。そして今言えることは、社会や大地の現象を織りなす集合意識が二分したということです。平たく言えば、安倍晴明の時代の再来です。今後想念戦争とも呼べる状況を迎えるでしょう。私はこの二年間の活動でバカボン一家の仲間に巡り会えました。仲間と共に新しい脳の使い方を構築し、二分したもう一つの集合意識を太くしてゆこうと思います。